しゃむりったさん's profileぞうままの詩(うた)PhotosBlogListsMore ![]() | Help |
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9/27/2008 旅っていいね・・・9/12/2008 死について。命の灯火が消えるのを、目の当たりにすると、
ショックのせいなのか、ボ~っとしてしまう。
悲しみの波が襲ってくるのは、少し後になってからだ。 涙も出ないくらい 力が入らないのに、 悲しみが襲ってくると、狂った様に涙と嗚咽が込み上げてくる。 気がすむまで 感情を溢れさせる事ができたなら、 事実を飲み込む為の時間へと導かれていく。 なぜ、相手の死に対して、人間は悲しみを持つのだろうか? 正直、余計な詮索は必要ない気もする。 悲しいと感じる事に、理論を説こうとする事自体、矛盾を生む。 理論とは感情を抜きに語るに限り、 そしてそれを感情について考えるのは ナンセンスだね… 生も死も どちらも哲学なんだと思う。 個人個人の捉え方、生活環境で、 悲しみや喜びの度合いは違ってくる。 平然としていられる人もいれば、 いつまでも悲しみから脱け出せないでいる人もいる。 苦しいけど、 しゃむさんは、悲しみに明け暮れる時間を過ごし、 ゆっくり時間をかけて、飲み込んでいきたいタイプ。
最近、人や動物などの死を
目の当たりにすることが多く、そういったことを考えてしまった。
たくさんの死別を経験して、人は余計解明しきれない
死の世界に、不安や疑問を持つのだと思う。
どんなにケースが違う死でも、
終わりが切ないのは、きっと同じなんだよね。
9/5/2008 お四国病お四国病というのがある。
お遍路を終えた者達が、また無性にお遍路をしたくなる。 お遍路では、日常にない世界を体感してしまう。 毎日歩き、寺を打つという目的を持ち、 それにむけて毎日夢中でいられる時間がある。 宿を借り、お接待という施しを受けて… それはそれは毎日が充実し、 そして自分の明らかなる居場所と気持ちの在りかを確信できる。
元の生活に戻り、 しばらくして、今の生活に満足できなかったりすると、また行きたくなる。
これがお四国病!
しゃむさん、今日 無性にお遍路をしたくなった。 だが今に満足できてない といった理由ではない。 仕事の帰り 座った座席の前に、 立っていた男の大きいバックパックが置かれていた。 それはモンベルの ゼロポイントだった。 サイズは小さかったが、ショルダーの調節用ベルトを見てたら、毎日背負って歩いてたっけなぁ… って思い出しちゃって またあの重量感のあるバックパックを背負い、歩きたくなった。 近場をトレッキングするなら、装備もそんなに重くならない。 それじゃつまらん 肩にのしかかる重みが安心感に繋がる。 それがいいのだ。 雨の日も、風の日も、炎天下の日も、嵐の日も 決して安上がりではない旅になるが、 やって良かった旅になると思う。 少しでもお遍路に興味を持ってる人がいるなら、 金を惜しまずに、入ってみる事をおススメする!
9/3/2008 冒険とは、生きて帰ること。。 しゃむさんの尊敬する人の中に
植村直己さん がいます。 生き方、考え方 学ぶ事が多く、 植村直己さんを初めて知ったのは しゃむさんが小学生の頃。
幼き頃から好奇心旺盛だったので、 世界的に有名な冒険家を知ってからは、ずっと憧れていました。 そんな彼が最後に消息をたったのが、グリーンランドです。 未だに彼は発見されていないです。 そのグリーンランドに 探検、調査に向かった勇気ある黄色い子達がいます。
氷が溶けて大穴があき、その穴の先を突き止めるため、 オモチャのアヒル達が向かったとのニュースを知り、嬉しくなりました!
頑張れアヒルちゃん! ↓ ↓↓↓↓↓↓↓↓ |
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